素材の謎と物語。
着物の好きなところは、物語があるところです。
祖母が若い頃に着ていたとか、
母が小学校の入学式のときに着ていたきものとか、
お嫁入りのときに親が頑張って作ってくれたとか。
洋服でももちろん、いついつ着ていたという事実や記憶はあると思います。
でも着物の記憶って、校庭の大きな木の根元に埋めたタイムカプセルのような、
こみ上げる懐かしさと、思い出したときのキュンとした記憶が独特だなあと思います。
一昨日、やっと素材がわかった着物の話をしましたが、
すごく気になっている別な1枚がまだあります。
夏物です。麻です。織の縞柄です。
……が、が。地紋が入っているのです。
丸と四角とか市松とかいうようなパターン柄ではなく、画像ではちょっとわかりにくいですが、ススキのような植物の繊細な柄なのです。
縞の下にそのススキの地紋がほんのり見える……これって、どういう織り方でこうなるの?と思うのです。
この着物は、骨董屋さんで見つけました。
それも着物のリサイクルショップやアンティークショップではありません。
いわゆる、口の悪い人に言わせると“がらくた”(と素人にはみえるもの)を扱っているお店です。
“がらくた”は、陶器、書画、アクセサリー、人形、置物など。
そういう中で、針金のハンガーにぶら下げられて、
私から見ると、まるで晒し者のようにポリ帯やポリの七五三の被布などと一緒に店の外で埃にまみれて揺れていた品物でした。
通りかかったときに目に止まり、手にとって「麻だ」と思いました。でも縮じゃない。
見るからに寸法も小さい。だからこそ、かなり昔のものだなと思われました。
ちょっと埃っぽく、知らない人が見たらその麻独特のつるりとした手触りがポリに感じるかもしれません。
ちょっと女中さんっぽい縞。居敷当てもついてない。
背伏せの処理もちょっと素人っぽい、というか、本当に住み込みの若いねえやが、自分で不器用に縫ったのかもしれな(い――この辺りが、着物が持つ物語力です^^;妄想がたのしい)
生地はまだ“生気”があります。
レジに持って行、値札に付いていた500円を払って持ち帰りました。
家で洗ってから着たのですが、2回めに着たときに、座った途端お尻の生地がピッ。
糸が弱っていたんですね。でもそこが手縫いのいいところです。
生地が破ける前に糸が切れるように縫われているのですから。
これがミシン縫いなら、布が裂けているでしょう。
自他共に認める、ノーベル賞ものの不器用オンナですのでww(着物を着てる人が、皆手先が器用で、半衿、ほころびや寸法直しをスイスイとできると思わないでください^^;)
お友達に直してもらいました。
私の元に来てから6~7年は経つでしょうか。
縫い糸が弱くなってきているのでずっと着ていません。
着心地はいいのです。でも何より、この織りが気になって気になってしょうがないのです。
これも、いつか、解明したい思っている、眠れる宝物です。
下の画像は夏銘仙。透け感がしっかりある織物ですが、多分いまで言うB反だと思います。
織り傷がかなり大きく走っています。着ている分にはわかりにくいかもしれませんが。
これも、中流階級か、それ以下の暮らしをしていた女性が着ていたと思われます。
銘仙が流行った大きな理由は、廉価で買える絹物だったからです。
戦前から戦後すぐくらいまでは、一般庶民が持つ着物は、ある意味一張羅。
晴れ着でしたが、それが洒落着として手が届く絹物で、しかも柄も創意工夫がなされ、空前の大ヒットとなったのです。それだけ出回ったからこそ、いまにも残るものあるワケです。
抗菌クリーニングされて店先に出ていたものを購入、袖丈だけ直しました。
長い袖丈から若いお嬢さんが着たんだなとわかります。
この蚊取り線香みたいなグルグルが、私のとってツボでした^^
ただ、糸が良くないので、絹ですが紙のようにゴワゴワ。
素材がカラダに寄り添う感覚とは間逆なきものです。
でも手放さない^^ だって好きな柄なんだもーん♪
【袂に知恵と工夫。自分サイズのきもの生活をたのしもう。―月刊アレコレ】
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